池袋・千川にパリのモンパルナスが!?
「emic:etic」オーナー・山下公子さんInterview

「自分の好きな世界観」や「自分らしさ」を大切にして暮らす方の住まいにスポットをあてる企画「おうち、おじゃまします」。当店のオーナー・谷が、その方のお宅へ伺い、家や暮らしに対するこだわりや考え方についてお話をお聞きします。

第3回は『emic:etic(エミックエティック)』オーナー・山下公子さんです。

前編では、山下さんがアトリエ『emic:etic』を持つきっかけやフランスでのお話を伺いました。今回の後編では『Appartement Montparnasse』のこと、おうちのことについてお話しを伺いました。

山下 公子さん

『emic:etic(エミックエティック)』のオーナー、デザイナー。ヴィンテージ材料を用いた繊細なアクセサリーやバッグ、手仕事の痕跡を感じさせる服などを展開している。
建築デザインを学び空間デザイナーとして活動。その後フランスでヴィンテージの洋服のバイイング業務及びフランスの情報提供する仕事をするなか、独学で洋服やアクセサリー作りを行い、2002年より表参道にアトリエをかまえ『emic:etic』を立ち上げる。
現在アトリエ兼住居があるのは夫妻が企画に参加した建物『Appartement Montparnasse(アパルトマントモンパルナス)』。

ホームページ|emic:etic
Instagram|@emic_etic

建物と暮らし、そして文化が生まれ受け継がれていく場所
『Appartement Montparnasse』

閑静な住宅街の中にある、目を惹く白い建物『Appartement Montparnasse(アパルトマントモンパルナス)』。2016年の10月に完成したこの場所は山下さんご夫妻が企画された集合住宅。6つのアトリエを含む26戸があり、『emic:etic』もその一角にあります。

「私と主人が知り合った頃の話になるのですが、主人の知人が昔ここに建てたマンションがあり。それが建て替えで新しくマンションを作るとなったときに、私がもともと建築やインテリアの勉強をしていることもあって『一緒に手伝ってほしい』と言われたんです。2人で企画に参加し、10、20年後に実際に建てることが実現しました」。

このエリアは1920年代に「池袋モンパルナス」と呼ばれ、芸術家の卵たちが暮らしたアトリエ村が存在した場所。当時フランスに通じる仕事をしていた山下さんは、実際にフランスのモンパルナスも見ていました。この場所の歴史的な背景もあり、建てるならば「この建物がこの場所に根ざしたものを」とアトリエ付きの住居を提案することに。

「アトリエ付きの住居というのはもちろんですが、100年後に完成するような建物にしたかったんです。例えば正面扉は100年前のアトリエの古い扉を使っていて、そういった趣きのあるものが私たち自身も大好きで。各住戸の玄関扉にはデットストックのドアノブを使っているのですが、このドアノブは暮らしと共に色づく素材の真鍮製。100年前の暮らしを想い、100年後の暮らしを想う…と言いますか、そういうものを取り入れつつ、『これから先100年後にも受け継いでいける建物にできたらいいね』という想いから始まったんです」。

新しく生まれた建物のなかに、古いものを取り入れられていて、異なる要素が混じり合って生まれる空間は、まさに『emic:etic』のコンセプトのよう。

印象的なこのポストは、山下さんのご主人が見つけてきた古い収納ボックスを逆さにしたもの。友人でもある『未草』さんが加工してくれた

「建築家さんもとても愛のある方で、とても柔軟に、でも頑固なところは頑固に(笑)。私が言ったことに、本当に一生懸命答応えようと、実現させようとしてくださったんです。
ものづくりをしている友人にも本当に協力してもらいました、エントランスの門扉もその1つですね」。

そして、この建物を象徴する壁の白は漆喰。外壁に漆喰を使うのは珍しいことだそう。

「白は白でも、いろんな白がある」と、3、4メールほどもある外壁面に白色を数種類塗り、みんなでどの白がいいかを選んだ

「最初は今とはもう少し違っていて、修道院や教会のように外から見たときに窓が並んでいる、本当にシンプルな作りをイメージしていたんです。当初は白ではなく、タイルの提案もありましたが、色々とイメージを伝え合い、何かもっと削ぎ落とした良い素材があるのではないかと考え、『これを石膏などで作ったらすごく良いかもしれない、彫刻のような…』と、模型を作ってみたんです(笑)。『こんな形にできないか?』と。たしかそのときに、漆喰という話が出てきたんですよね。最終的に屋根までも白く、1つの箱のような、かたまりのようなデザインになりました」。

「…よく見ると建物のコーナー(角)が直角ではないんです。打ちっぱなしのような無機質な感じにはしたくなかったので角を取っていただき、それも思いを込めた1つですね」。

建物の部屋の扉は、すべてアンティークの扉にしたかったという山下さん。ご友人と京都や長野へ出かけて、扉を1枚ずつ見て全部選んだあとに、「1階は雨もあたるし、アンティークの扉は…」とご主人に言われてしまったのだとか。

「そのときは涙が出てきました…時間をかけて、一枚一枚大切に選んだあとだったので。ただ、そういう風に客観的に、きちんと見てまとめてくれる存在は、この家づくりを進める上では大切でした。建築家さんを始め、友人、夫と私の本当に良いチームだったから完成できたのだと思います。結局1階は木の扉にしました。アンティークは叶わなかったですが、実現できない中でもどこまで近づけるかなど何度も、何度も考えて。今、同じことをもう1回と言われたら、ちょっと難しいかな…あれほどのパワーは(笑)。ただ、まだまだ自分の中に思い描くコトがあり、小さくていい…一つ一つ自分の思いを叶えた理想の場を作ることができたならと夢は持ち続けています」。

アトリエを抜けてリビングとキッチンへ。
余白を大切に、自分が心地いいと思える空間に

アトリエから繋がる道を抜けるとリビングダイニングへ続いている

この、アトリエから抜ける景色、本当に素晴らしいですね。なんだろうなあ、配置というかバランスが絶妙なんですよね。わざと作った感じじゃないというか。

山下さん 私も一番好きなんです、ここが。

 ギャラリーなのか作品集なのか、わからないでけどやるべきです。

山下さん 谷さん、褒めすぎですよ(笑)。

光が差し込むリビング

 このソファも!普通だったらこうはできないというところを、使っているんですよね。

山下さん 何度も直したんですよ、夫と私とで布を張って縫って(笑)。

 その布がある部分とないところのバランスが、侘び寂びみたいな感じで、すごくいいですね。

山下さん そこをわかっていただけてうれしいです。

 アンティーク屋さんやブロカント屋さんでも、ここまでの方はいないですよ。先ほど、部屋の扉を探した話を聞いて納得しました。あっちこっちへ実際に行って、探しているからこそ手に入るんですもんね。いや、すごい。

リビングと仕切られた一角にあるのがこちらのキッチン

谷 このキッチンも素敵だなあ。

山下さん キッチンは画家のアトリエをイメージしたんです。だからキッチンの壁には絵が飾ってあったり、彫刻のようなオブジェを置いていたり。あえて食器や料理道具も出して置いて、画家の作業台の上のような感じにしています。

山下さんが振る舞ってくれたザクロソーダ。のせている板にも趣きがある

 この黒っぽいカッティングボードもきれい。

山下さん これ、インドの小学生が自分用のノートとして使っていた板らしいです。

 良いカッティングボードをお持ちだなと思ったら、まさかのノート!

キッチン奥の窓と古木の扉。カーテンも素材や長さ、ちょっとした違いにこだわることで空間を引き立てている

 このカーテンも素敵ですね。

山下さん 実はこの建物の全部屋のカーテン、私が全部…。

 え!

山下さん 寸法や長さなど、一部屋一部屋考え。とてつもない量だったんですけど、縫っていただける小針子さんがいて、本当に助かりました。

 すごいなあ、ここで暮らす人が羨ましい。ドレープも綺麗ですね。素材は何ですか?

山下さん リネンです。

 リネンと聞いても、なんだか違った風に見えます、不思議。

このカーテンレールも『未草』さんによるもの。カーテンの重さでたわんだ姿が時の変化を教えてくれるよう

枝を飾っているのは、古い臼を逆さにしたもの。どこを切りとっても絵になる空間がある

 天井の高さもいいですよね。どうしても日本の住宅やマンションとか、集合住宅となると部屋数を増やす都合で高さが低いところが多いので…。

山下さん 高さがある方がいいですよね。この建物も本来は3階まで建てられるんです。でも高さを出したかったので、あえて2階建てにしています。
初めてパリのアパートに訪れた時、狭くともこの天井の高さが空間を心地よく感じさせてくれたことを思い出します。

 お部屋の模様替えというか、配置を変えることもあるんですか?

山下さん 植物や木、新たに家具が増えたときに変えることはありますけど、基本はそんなに大きく変えないですね。なぜなら、相当考えて今の形にしたので(笑)。
テーブルもすごく細いじゃないですか。私自身、余白を大切に思っているんです。ときどき変えてみようかな?と思うこともあるんですが、結局はここに戻るというか。

谷さん 余白、ですね。

山下さん あと、光の入り方というのもすごく大切にしています。カーテン1つをとっても、布の厚みによって透け方が違ったり、分量や長さでも全く印象が変わるなと思っていて。これは自分で色々と試行錯誤し、色々な場を見てきたからこそわかったことのように思えます。ディスプレイの仕事をしていたときも、「バランスが大切だよ」ということをまず教わりました。きっと自分の中にそれがあるんでしょうね。

家づくりで大切なのは「妥協しないこと」。
不便もあるけれど、趣きのあるモノ選び

もともと建築の学校で学ばれていたという山下さんが、空間や建物に興味を持ち始めたのは中学生くらいの頃だそう。

「幼い頃は、とても小っちゃいお部屋でした、本当に。だから『いつか母に素敵なお部屋に住まわせてあげたい』というのが始まりで、インテリアコーディネーター、建築家になろうと思ったんです。空間というのはずっと頭の中にあって、いつかきっと…自分の思うような空間に住みたいという思いも強くあったのだと思います」。

こちらは、山下さんが特にこだわったという古いバスタブ。

「不自由でもいいから、違った意味の豊かさが欲しいと思ったんです。だからそこは妥協しませんでした。古いバスタブをお風呂に入れたいと話すと、夫には『絶対無理だよ、追い焚きも使えないよ』と反対もされました(笑)。ディスプレイとして使うことも考えましたけど、建築家さんが『いや!どうにかできるはずです。実現させましょう』と言ってくださって。1つずつあきらめない、妥協しないということは大切かもしれません」。

 

ヨーロッパの建物にも共通しているように思える、豊かさ。エレベーターがなかったり、階段が急だったり、便利だけを追求するのではない、暮らしの豊かさがあります。

ちなみに、バスルームでは唯一後悔している部分があるそうで…。

タイルも1つひとつ並べた。浴室へ続く階段も山下さんがペイントしたそう

「大失敗があって…お風呂のシャワーです。私の中では緑青(ろくしょう…水道まわりに見られる青い錆のこと)の、水がチョロチョロ流れる感じの古いシャワーヘッドを夢見ていました。最後の最後までそうしたかったんですが、古すぎて使えないということで『無理だからもう新しいので選んでください』と、もう最終通達されてしまって(笑)。それで新しいシャワーヘッドが届いたら、カタログの写真で見たイメージよりもすごく大きかったんです。ホテルや天井の高いバスルームであれば素敵だったかと思います。バランスは大切ですね。ほかの場所もかならず現物を見て決めていたのに、なぜかこれだけ見ずに…後悔しました。最後まで気を抜かないというのも、大切ですね」。

山下さん曰く、実際に現物を見るというのはとても大切にしていることだそう。また、フローリングやタイルに関しては、小さな一部ではなく全体で見るからこそ、自分たちの理想やイメージと合っているのか違うのかが、わかると言います。

洗面はBurlington(バーリントン)U.Kのもの、トイレはKOHLER(コーラー)というアメリカのもの

愛着のあるさまざまなモノと暮らす山下さんですが、実際にモノを選ぶとき、大切にしていることはどんなことなのでしょう。

「素材感とバランスというのが、私の中では全てに置いて大切なことですね。新しいものでも、古いだけじゃない趣きがあるものには、自然と目がとまるというか、なにか訴えかけてくるところがあります。だからこそ、古いものと新しいものを一緒に置いても合うのかもしれません」。

ランプ、鍵、スイッチなど、どれもこだわって探し選んだ

 ちなみに、どこか「こうすればよかった」と思う場所ってあります?僕も家づくりをしていて、日々思うことがありまして…。

山下さん 本当のところ、私はTVを置きたくなかったのですが、設置することになり…。極力目立たないように壁に付ける形にしたんです。でもそのためには、付ける場所に施工の段階でもう少し壁を深くしておく必要があったことが後から判明して。
あと、コンセントの位置もそうですね。コンセントが良い位置にないとコードが空間に見えてしまうので、雑多にしてしまう要素があるんです。だから、どこに何を置きたいのかディスプレイやレイアウトも考えて決められたらと思いますが…かなり考えて決めてもそう思うことがあるので(笑)。後からでも簡単に追加でコンセントを設置できるようになったら、すごくいいのにな…と感じます。

 同感です。家づくりって本当に悩みながら、ですよね。

 この場所で暮らして、心境というか気持ちに変化はありました?

山下さん 今ここで暮らしていると、ふとしたときに「よかったな」と思うんです。窓に差し込む光とか、ただ買い物から帰ってくるときにも、日常が本当に愛おしく感じるようになりました。あと、家というのは住む人が作っていくことだと思うので、空気感なども。だから自分だけではなく、このアパルトマントに住まうみんなで共にこれから作っていけたらいいなと思いますね。

山下さんにとって家とは洋服や仕事と一緒で、自分自身の表現の1つなのだそう。仕事場であるアトリエと住まいとして暮らす家。どちらかが切り取られるのではなく、そのすべてを通じて、フランスで込み上げてきた想いを山下さんは表現しているのだと感じました。

フランスの街を歩くと建物の美しさに驚きますが、そこには何年も受け継がれてきた歴史があります。その場所で暮らしてきた人それぞれの物語が確かにあって、年月を経てそこに重なりあって生まれるもの。モノを大切に思い、それを未来に繋いでいくという文化がこの場所に根付き始めているのかもしれないですね。

お家、おじゃまします。 #03

『emicetic』オーナー・山下公子さんインタビュー

 

 
後編|2021.12.08
池袋・千川にパリのモンパルナスが!?「emic:etic」オーナー・山下公子さん

photo /satoshi shirahama

2021.12.08

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