保護猫とアートが交差する、
静かな時間の喫茶室『necoma』へ
「ここ、保護猫カフェだったんだ」——そう驚く人も少なくないかもしれません。
東京・学芸大学の住宅街にひっそりと佇む『保護猫喫茶 necoma(ねこま)』は、「猫のいる喫茶と美術室」という独自のコンセプトを掲げる、ちょっと不思議な空間。白を基調とした静かで心地よいインテリアに、猫とアートがすっと溶け込み、ただ“かわいい”だけではない、豊かな時間が流れています。
今回は、運営の小栗さん、アートディレクションを手がけるスズキさん、店長の坂下さんの3人にお話を伺いながら、necomaが生み出す特別な空気の正体を探りました。
2020年8月にオープンしたnecomaは、譲渡型の保護猫カフェでありながら、ギャラリーとしての顔も持っています。真っ白な内装はまるで美術室のようで、余計なものをそぎ落とし、猫と作品が主役として際立つように設計されているのだそうです。
2代目となるキャットタワーは、Atelier matic (アトリエマティック)さんによるもの。実は本棚でもあるのだとか。
「ギャラリーそして美術室という空間なので、当初から真っ白にしたいという気持ちがありました。猫って、すごくアクティブというよりは、どこか静かな存在ですよね。美術室もまさに静かなイメージで。また、猫がいればそれだけで十分。展示をしているときは作品が、そうでないときは猫たちが主役になる。そういう想いから、極力シンプルにして無駄なものを省いたんです」とスズキさん。
こちらのスツールは建築資材のボイド管(紙状の筒)で作られています
また、necomaの空間の設計には、建築資材の廃材やリサイクル素材が活用され、環境にも配慮されています。キャットステップにはダンボールの廃材や洋服のリサイクル素材「nunock(ヌノック)」が使われており、猫砂すらも堆肥化を試みるなど、サステナブルな思想が垣間見えます。
nunock(ヌノック)を活用した2代目のキャットステップ
1代目はnecomaを作る際に出たダンボールの廃材で作っていたそう
空間づくりをはじめ、作家さんとともに猫のいる空間でアートの展示をして今年6年目を迎えるnecoma。
「でも、necomaでは“社会的なメッセージを発信しよう”という姿勢は、最初から特に持っていなくて。そうじゃなくて、もっと静かに、文化的なアプローチというか“猫との暮らしっていいな”とか、“保護猫ってこんなふうに身近なんだ”って、知ってもらえたらと、そういう場所を目指してきたんです」と話す小栗さん。
necomaは、小栗さん、スズキさん、坂下さんの3人の「やりたいこと」が交差したことから始まります。
なかでも、小栗さんの背中を押してくれたのは坂下さんの「保護猫カフェの店長をやりたい」という言葉でした。
「幼い頃からずっと犬も猫も家にいるのが当たり前な生活をしてきました。ただ好きという気持ちが強くて、それを仕事にしたいという想いは正直あまりなかったんです。でも、今の子(猫)を10年前に迎えてからちょっとずつ意識が変わっていって。一緒にいることで“救った”よりも私が“救われた”と思うことが多かったんです。そういう風に他の方にも思っていただけたらなというのと、猫たちも救えたらいいなと、こういった形ならお手伝いできるんじゃないかと思ったんです」と坂下さん。
保護猫カフェの店長をやりたいという坂下さんの想い、ギャラリーを運営したいというスズキさんの夢、そして動物と子どもに関わる仕事がしたいという小栗さんの願い。それぞれの夢がつながり、「自分たちにできるスタイルはなんだろう」と考えて生まれたのがnecomaでした。
猫が好きな人だけでなく、アートやデザインに関心のある人にも自然に受け入れられる場所にしたい。そんな思いが、この静かで洗練された空間には込められています。
necomaにやってくる猫たちは、山梨の保護団体「リトルキャッツ」からやってきます。多頭飼育崩壊の現場で保護された子、ブリーダーに繁殖用として使われていた子、あるいは母猫とはぐれてしまった子猫など、背景はさまざまです。でも、necomaでは「出自よりも“今”を大切にしたい」と考えているそうです。
「どんな経緯でここに来たかをあえて語らなくてもいいと思っていて。もちろん、病歴やケアが必要なことなどは事前に確認しますが、縁があって今ここにいる猫たちを、ただ“可愛い猫”として受けとめてあげたいんです。猫だろうと保護猫だろうと、みんな同じ猫だよねと、接する側がそういうスタンスでいればいいんじゃないかなと思うんです」と、小栗さんは話します。
また、necomaにいる猫たちは人懐っこい子が多いのも印象的です。
インタビュー中も取材スタッフの足元へするり。思わず笑顔になります
「リトルキャッツさん自体が、人馴れを丁寧に進めてくださる団体さんということもあるんですが、necomaでもスタッフみんなが、猫の気持ちを第一に考えながら日々接しています。たとえば爪切りひとつでも、無理に押さえつけたりはしません。“嫌いにならないように、少しずつ慣れてもらう”ということを、いつも心がけているんです。猫たちの性格や気になる行動についても、どんな小さなことでもスタッフ同士で共有して、それぞれの子と向き合えるようにしています」と坂下さん。
すると隣で小栗さんが、「愛情とチームワークですね、それに尽きます」とひと言。
「この子たちが健康で、人に安心して寄り添えるようになるのは、スタッフが毎日重ねている努力の積み重ね以外の何ものでもないと思っています」と話してくれました。
気がつけば足の上でごろん
そんなふうに猫との信頼関係をゆっくりと築くことは、譲渡を希望する人との関係にもつながっています。
necomaでは希望者に2回以上来店してもらい、面談や性格の説明、将来の病気についての共有も丁寧に行っています。特にnecomaは子猫の受け入れが多いため、何があっても守っていくという覚悟、お世話のことだけでなく、さまざまな大変さも含めて、これから20年近く一緒に暮らすことになることも見据えた対話が大切にされています。
また、猫と暮らすことは叶わないけれど何かしたいという方へ、どんな関わり方があるのかを坂下さんに尋ねてみると、「猫を迎える予定がなくても、necomaに来てくれるだけで十分なんです」と、笑顔で答えてくれました。
静かな時間の中で猫と過ごすだけでも、そのひとときが猫たちの支えになります。
※譲渡についての詳細はnecomaのホームページに掲載されています。
necomaでは、定期的にアートの展示も行われています。
白い空間に猫たちがのびのびと過ごし、そのそばに静かに佇む作品たち。どちらが主役というわけではなく、自然と同じ空気を共有しているような、不思議な調和があります。
また、毎年2月22日、猫の日には「two two two -222-」というチャリティーアートプロジェクトも開催。このときだけは少し特別で、作家さんたちの協力のもと、展示作品の売り上げの一部を寄付というかたちで猫たちの未来につなげているのです。
「最初は作家さんの名前を使って募金するようで抵抗があったんです」と話す小栗さん。
でも、ある作家さんが「やったっていいじゃない!」と背中を押してくれたことで、気持ちが変わったといいます。
信頼し合える作家さんとだからこそ生まれた、necomaらしいあたたかい取り組みがあります。
necomaの店内には第1回の個展を開催したカワイハルナさんの作品も
necomaは、猫とアートを通じた「サードプレイス」のような存在でもあります。
猫に癒されたい人、アートを楽しみたい人、ただ静かにコーヒーを飲みたい人。訪れる理由はそれぞれで良い。だからこそ、necomaではできるだけ多くのルールを設けず、接客で静かにフォローする姿勢を大切にしています。
「最初は、こんな駅から離れた場所にお店をつくって、誰が気づいてくれるんだろう…と思っていたんです」と振り返る小栗さん。
ところが蓋を開けてみると、初日から口コミだけでたくさんの方が訪れてくれたそう。
その背景には、necomaがある“学芸大学”という街の空気も関係しているのかもしれません。
「祐天寺や学芸大学って、ファッションやデザインに感度の高い方が多く住んでいて。猫が好きな人もたくさんいるのに、その人たちが自然に行ける場所って、当時はあまりなかったと思うんです。
necomaは、そういう方々にとって“ようやく来られる場所ができた”って思ってもらえたのかもしれません」とスズキさんは話します。
たしかに一時期、猫カフェといえば“かわいらしさ”を前面に出した演出が主流だった印象も。そんななかnecomaのように静かで余白のある空間は、少し異彩を放ちながらも、猫カフェという存在の“間口”を広げてくれたのかもしれません。
一人でふらりと訪れる人もいれば、カップルや親子連れ、男女問わず幅広い方が訪れ、おしゃれな人もいれば、近所のおじさんがふらっと立ち寄ることも。
そんなふうに、いろんな人が自然と混ざり合っているのがnecomaの不思議なところです。
口コミやInstagramを通じてその魅力はじわじわと広まり、今では遠方から足を運ぶ人も少なくありません。
猫とアートと人がつくり出す、やさしくて静かな空気。それこそが、necomaが“行きたくなる場所”であり続けている理由なのかもしれません。
Photo gallery
手作りのおもちゃ
市販のおもちゃではあまり遊ばないので、手作りしています。
2匹でサッカーのように遊んで、最終的に家具の隙間などに入りこんで取れなくなるので、これまでに何個作ったかわかりません。
取れなくなった後にしばらくうろうろする2匹の後ろ姿に癒されています。
保護猫喫茶necoma
学芸大学駅にある保護猫喫茶。
「猫のいる喫茶と美術室」をコンセプトに、保護猫カフェの運営や保護猫の譲渡活動、そして猫のいるギャラリースペースとして不定期でアートの展示や企画展を開催している。
HP|https://necoma.co/@necoma_official (喫茶)
@necoma_gallery(美術室)
※営業スケジュールはInstagramをご確認ください。
<Event info>
にしこはりこ 個展
猫の様々ないとおしい瞬間を張り子で制作予定です。
会期:2025年9月12日(金)〜9月24日(水)
開催場所:保護猫喫茶necoma
張り子作家・にしこはりこさんの個展。伝統的な張り子の技法を用いて、ゆれる張り子などユーモラスに表現した作品を制作しています。
猫とアートが調和する空間を実際にお楽しみいただけるこの機会。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
2025.8.4
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